2020年01月04日

金石範『火山島』第1〜3巻読了しました

済州島四・三事件を題材にした金石範(キム・ソクポム)『火山島』全7巻のうち1983年に出版された第I〜III巻。刊行当時に購入し、書棚の奥に“積読”状態でしたが、12月半ばから読み始め、先ほどようやく読み終えました。圧倒的な読後感で、何からどう語っていいかわかりません。

それに、96〜97年に出た第IV〜VII巻は買いそびれていて、図書館で予約・取り寄せ中です。全篇通読しないでレビューを書くというのは、いかにも不誠実のそしりを免れません。

とりあえずここには本の帯のキャッチコピーを記すにとどめます。

〜八万の人が虐殺された済州島四・三事件を背景に描く若き革命家たちの苦難と決意/ふるさとの島でおきた惨劇をみつめる長編小説 全三巻 ついに完成〜

同じく帯に書かれた金石範の言葉と作中私の一番印象に残った登場人物のセリフを以下、転記しておきます。

《済州島のこと〜「四・三事件」の惨劇に思う 金石範》−ここから−

私は済州島をテーマにしていくつかの作品を書いてきた。私が済州島を書く理由の中でもっとも重いものは、やはり自分がその血塗られたふるさとの島の、涙も乾きはてた人間たちの中の一人だということにあるだろう。文学が人間の存在、全体という限りない幾層もの状況と係わり合ってゆく中での「人間」を追うものとすれば、私はそれを済州島という具体に触れ、その状況とかみ合わせながら作業をつづけようと思う。そしてそれがまたあらゆるものをその中に押し包もうとする闇の力と、それを暴(あば)こうとするものとのたたかいの中の一条の光にもなればと願うのだ。(「朝日新聞」1971年5月10日より) −金石範ここまで−

《作中、銀行やバス会社を経営する実業家の息子で、学生時代に逮捕されたり西大門(ソデムン)刑務所に入ったりしたことがあるものの現在は無為徒食の生活を送る李芳根(イ・バングン)の妹、李有媛(イ・ユウオン=ソウルの女子専門学校音楽科に在学中)が四・三の翌日、兄に向かって語る言葉から》−ここから−

「……このあいだ、漢拏山(ハルラサン)の麓の山村や海辺のY里へ行ってきたでしょう。そこで、私たちの生活とは全然ちがう村の人たちの生活もかいま見ましたね……。ゆうべ、島の人たちが、そう、山や海の村で見たその人たちがゲリラになって立ち上ったのが、私、すごくショックで、心をどこへ置いたらいいか分からないくらいに不安で、私が二つに割れてしまいそうだったの。(中略)私はこのごろ、いったい、私たちのこの満ち足りた生活は何なのかと考えてるの。祖国が二つに永久に分裂しようとしているときに、多くの人々が犠牲になったり、飢えたりしているときに、私たちの何不足のない裕福な生活は何だろうって……(中略)」
(中略)
「私は、私たちの生活が決して正義でないのを知っているの」 彼女は兄をまともに見つめて続けた。「オッパだって、私だって社会的には寄生的な生活をしてるんだわ、うちの家族全体が……。そのくせ、なにか打倒対象にでもなって、それで私たちの生活が破壊されそうで怯えてるってわけ。分かるの、私が怯えているのはそこから来ているのが分かるんです……」 (『火山島』III 220ページ) −李有媛ここまで−

私には彼女のこの言葉は、敗戦国民でありながら、植民地支配が朝鮮半島に残した混乱の責任をとることもなく、着々と自分の生活だけは立て直し、すぐ後には朝鮮戦争特需で濡れ手に粟の復興を成し遂げたわれわれ〈日本人〉に対しても向けられているような気がします。

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(編集部 浅井健治)


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