2018年03月01日

幸せになるために働くのに働いて命を失っていいのか:過労死遺族の訴え

日本弁護士連合会が2月28日、衆院第二議員会館で開いた「労働時間法制を考える院内市民学習会」で、過労自殺した電通新人社員、高橋まつりさんの母幸美さんと、過労死したNHK記者、佐戸未和さんの母恵美子さんが発言しました。以下はそのあらましです(文章の責任は本ブログ投稿者にあります)。

◎高橋幸美さん

 静岡から来た高橋まつりの母です。
 私は娘が生まれてからずっと、自分の命をかけても絶対にこの子を守りたいと思っていた。地方で暮らし、母子家庭で育った境遇の娘に、私はいつも話した。
 それでも、自分の夢を実現するための娘のハングリー精神は並大抵のものではなかった。自分の努力で夢を実現して学問を修め、日本に貢献したいと希望を持っていた。言葉と文章で表現者として活躍し、政府の仕事をしたいと、大手広告代理店に入社した。その後わずか9か月、長時間労働とパワハラで精神障がいを発病して命を落とした。

 上司は残業時間を正確に記録しないように指示していた。「残業するな」と言われるのに「新人は死ぬほど働け」と言われ、先輩はあり得ないほどの仕事をどんどん振ってくる、意味が分からない、この会社おかしい、東京の夜景は私たちの残業がつくっている−そう娘は言っていた。
 時には連続3日間、徹夜で仕事をしていたこともあった。労災申請から半年で認定されたが、どんな認定されても娘が生きて戻ってくるわけではない。24歳の娘の人生も、努力も、夢も、未来も、取り返しがつかない。

 この度の働き方改革関連法案は、過労死の防止と矛盾する内容であると思う。過労死遺族としては絶対に許すことはできない。時間外労働の上限規制が100時間未満という数字は一体なぜなのでしょうか。三六協定で過労死ラインを超える残業時間を設定している職場がたくさんあり、過労死が起きている。労災認定の過労死ラインを超える100時間という数字にすることは、労働者を過労死させることを職場に許可するものだ。
 裁量労働制の適用業務の拡大、高度プロフェッショナル制度の導入は、長時間労働を認め助長するものだと思う。

 日本には労働法を守らない会社があり、過労死が起きている。
 電通は労基署の是正勧告を再三受けていたのに、娘は亡くなった。本人が希望しないのに裁量労働制に変えたり、仕事量を決める裁量がないのに成果だけを求められるおそれがある。娘の仕事はインターネット広告を法人のニーズに応じて企画・提案することだった。政府案の企画業務型裁量労働制の対象になる。もし法案が成立すれば、娘のような長時間労働もすべて合法とされてしまう。

 また、命を守るためにヨーロッパ並みに11時間の勤務間インターバルの義務付けをしていただきたい。娘のインターバルは5時間ほどしかなかった。11時間インターバルがあれば娘は眠ることができ、死なずに済んだ。

 私たち遺族は、過労死犠牲者が日本にたくさんいること、法律を守っていない企業があること、法律は私たちを十分に守ってくれないので自分自身で身を守る必要があることを訴えている。
 幸せになるために働いているのに働くことで命や健康を失っているのが現実です。罰則付き時間外労働の上限規制が100時間未満という数字の見直しを求める。裁量労働制の適用業務拡大、高度プロフェッショナル制度関連法案の削除を求める。勤務間インターバルの義務付けもしていただきたい。
 安倍総理大臣も加藤厚生労働大臣も「過労死を二度と起こしてはならない」と何度も話されている。その言葉が本当ならば、命を犠牲にするのではなく働く者の命と健康を守るための働き方の改善にしていただきたいと思う。
 私からのお願いは以上です。聞いてくださり、ありがとうございました。

◎佐戸恵美子さん

 佐戸未和の母、佐戸恵美子でございます。
 昨年10月、報道記者をしていた長女、佐戸未和が4年前に過労死で労災認定を受けていた事実が公表された。
 未和は私のかけがえのない宝、生きる希望、夢、そして支えだった。亡くなったあと、私は放心状態のまま、家にこもり、ひどいうつ病となり、娘の遺骨を抱いて毎日毎日娘の後を追って死ぬことばかり考えていた。二度と心から笑えることはなくなり、苦しみと悲しみから抜け出せないまま、ただ未和の過労死の事実を世の中にきちんと伝えたいとの思いでここに立たせていただいている。

 未和の死はあまりに突然だった。2013年の6〜7月、東京都議選・参院選と立て続けに大型選挙があり、真夏の炎天下、2か月にわたる選挙取材・報道に駆け回っていたが、選挙戦が終わった直後に自宅でひっそりと亡くなった。連絡がつかず心配して駆けつけた婚約者によって発見された。私たちは娘の悲報を当時駐在していたブラジルのサンパウロで受け、半狂乱になって帰国し、死後4日目の変わり果てた娘に対面した。

 未和の勤務記録票を見たときに私たちは泣いた、こんな働き方をしていたのか、と。深夜残業を連日続け、土日出勤を繰り返す異常な勤務状況だった。まともに睡眠をとっていなかった。記者にとって選挙取材は本来の担当業務に加え新たに発生する、臨時の記者も待ったなしの集中業務だ。後で聞いた話や残された未和のノートからも、同じ職場の他のベテラン記者たちと比べて明らかに未和への仕事量は多かった。
 私たちはこんな長時間労働がどうして会社の中で放置されていたのか、どうしても理解できない。社員の労働時間の管理は上司の責任であり、普通の職場であれば部下の深夜残業が続けば止めるはずだ。部下の深夜残業が連日続いたり、土日出勤を繰り返せば止めるはずだ。組織としても社員の労働時間を適正に把握する義務があり、そのためのチェックシステムやルールもあったはずだ。

 労基署が認定した時間外労働時間は亡くなる直前の1か月間は159時間37分だったが、私たちが算出した時間外労働時間は亡くなる直前の1か月間は209時間、その前の月が188時間だった。当時職場では記者に対しては事業場外みなし労働時間制が適用され、何時間働いても労働時間は同じと扱われていた。これはみなし労働という意味で裁量労働制と同じだ。
 職場の上司は未和が亡くなったあと私たちに「記者は時間管理ではなく裁量労働で、個人事業主のようなもの」と何度も言い、まるで労働時間を自己管理できずに死んでいった未和が悪かったように言われているようだった。この制度があったため、職場では上司による部下の労働時間の適切な管理が行われず、200時間を超える時間外労働が野放しとなり、未和は過労死に至った。制度を乱用した労務管理の怠慢による明らかな人災だ。
 裁量労働制は自分で自由に労働時間を決められる働き方だが、仕事の量は自分では決められない。未和を含めて職場で働く大勢の社員は勝手自由に働けるわけではない。裁量労働となれば労働時間は自己管理とされ、会社の労務管理がおろそかになり、制度が乱用されて、また未和のような犠牲者が出てくる。裁量労働制の拡大は長時間労働を野放しにし、ずさんな労務管理の格好の言い訳になってしまう。

 未和のにおい、未和の体の温かさを私はこれからも忘れることはない。私たちと同じ苦しみを背負う人が二度と現れることがないよう、働く人の命と健康をしっかりと守る法律を作っていただくことを切に願っている。
 ご清聴ありがとうございました。

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 佐戸恵美子さん(右)と高橋幸美さん

(編集部 浅井健治)
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2018年02月15日

雨以外に何も落ちてこない平和な空を:保育園園長の訴え

2月13日、衆院第二議員会館で「『なんでおそらからおちてくるの?』子どもたちの空を守る父母会院内集会」が開かれました。沖縄選出の野党国会議員でつくる「うりずんの会」などの主催です。昨年12月、米軍ヘリのものと見られる部品が落下した宜野湾市の保育園の園長とお母さん6人が政府要請行動を終えて参加し、発言しました。

以下は、神谷武宏さん(普天間バプテスト教会付属緑ヶ丘保育園園長、牧師=下の写真一番左)の発言のあらましです。パワーポイントで写真を示しながらの訴えでした。

なお、院内集会で参加者の一人が「本土の私たちが何をしたらいいか」と質問したのに対し、神谷園長は「それはどうぞご自分で考えてください。そういうことを質問すること自体おかしい。こういう現状を見てもそういう質問が出るというのはほんとに情けない。申し訳ないが、そういうふうにしか答えられない」と応じていました。

−ここから−

 緑ヶ丘保育園は普天間バプテスト教会付属保育園として1964年4月に開園した。開園のきっかけはこの地域に保育園がなかったこと。近くに基地があり、どちらかというと貧しい地域で、子どもたちのために、お母さん方のためにと教会の庭を使って保育園が始まった。
 園庭は保育園に欠かせない。園庭で安全に、子どもたちがのびのびと遊ぶ。遊びを通していろんなことを学んでいく。まず園庭を100坪確保した。

 園庭ではいろんなことをして遊ぶ。運転棒、夏にはセミとり。子どもたちは水遊びが大好き。遊びすぎてびしょ濡れになるが、全身が水に濡れたってへっちゃら。シャボン玉で遊びながら泡風呂まで。子どもの笑顔ってすてきですよね。子どもの笑顔に私たちは癒される。園庭を思いっきり駆け回る子どもたち。
 沖縄は夏が長く、よくプールで水遊びをする。最後は、水をむだにしないためにみんなでウォータースライダー。われ一番にここを滑りたいという子どもたち。
 園庭では泥遊びをする。団子を作ったり、思い思いに土と戯れる。泥んこ遊びがエスカレートし、最後は泥まみれに。でも、本当に楽しそうに子どもたちは遊んでいる。
 園庭では運動会が毎年行われる。昨年10月、53回目の運動会を行った。待ちに待った運動会。親に見てほしいという思いを精いっぱい体を使って伝える。親御さんにとっても子どもの成長を垣間見るときでもある。
 他の保育園にあるだろうか、私たちの保育園では雨の日も園庭に出て、雨の中で遊ぶ。子どもたちは思い思いに雨と戯れ、雨を全身に感じながら、雨の恵みを感じとっていく。土砂降りに濡れている子どもたちのすてきな笑顔を見てください。

 昨年12月7日(木)午前10時20分頃、雨ではないものが降ってきた。空から雨以外が降るなんて誰も想定しない。筒状の透明なガラスのようなもので、長さ9・5センチ、直径7・5センチ、厚さ8ミリ、重さ213グラム。ドーンと激しい音を立てて落ちてきた。人と比べると大きさが分かると思う。トタン屋根にこれだけの凹みができるほどの圧力がかかっている。どれだけの高い上空から落ちてきたのか。どれだけの勢いをもって落ちてきたのか。
 当時、園庭には2歳児・3歳児クラスの園児たちが20〜30名ぐらいで遊んでいた。4歳・5歳児クラスの園児たちは園舎の中で、1週間後に迫るクリスマスの準備をしていた。生誕劇の役をみんなで相談して、「今度だれがマリアする?」「だれがヨセフさんする?」「だれが博士する?」「だれが羊飼いする?」「だれが天使する?」と話し合って「じゃあ私がマリア」と決めていく。みんなが楽しみにするクリスマスの準備をしているさなかに、その楽しみを踏みにじるように、この事故が起きた。
 落下物が落ちた屋根の下には1歳児クラスの園児が8人、先生方が2人いた。これから園庭に出て遊ぼうとしていたときだ。ドーンという激しい音に子どもたちも先生方もとても驚き、わぁーっと声を上げた。1人の先生は、同時にヘリの音が聞こえていたので、すぐにヘリから何かが落ちたと感じ、「とてつもない大きなものが落ちてきた。最初ヘリのプロペラが落ちてきたと思うほどの衝撃を感じた」という。激しい音がしたときに、園庭にいた先生が振り向くと、物体が大きく跳ね上がっていた。隣のゲートボール場にいたおじいちゃんたちも、この大きく跳ね上がる物体を見ている。
 この日は朝早くから保育園の上空をオスプレイやCH53などのヘリが飛んでいた。「きょうも朝早くからうるさい日だなぁ」と私も2階にいて感じながら仕事していた。園庭までわずか50センチしか離れていない屋根の上で物体が止まっていた。下には子どもたちがいた。一歩間違えれば、子どもたちや先生方が大変なことになっていた。いつもより早めにお迎えに来ていただくよう連絡したが、仕事されているご父兄がほとんどだから、私たちが園舎の中で子どもたちを預かった。

 先生から「ヘリから何かが落ちました」と声をかけられて私はすぐ屋根の上を見た。赤い何かが落ちている。降りていって写真を撮ろうとして1bぐらいまで近づいた。もわーっとする、熱を帯びた、油のような、エンジンの焦げたような臭いがした。とっさに、これは危険なもの、触ってはいけないものだと察知した。
 まず宜野湾市基地渉外課に電話し、対応を確認。警察への通報とメディアへの連絡。警察にはしっかりと調査するように、メディアにもしっかりと事実を報道するように、と話した。今もメディアに対しては、左も右も関係ない、できるだけ全国の方にこの沖縄の実情を知っていただきたい、そんな思いで対応している。

 報道されていないことがある。警察が調査を終えて帰った後、落下物は米軍大型ヘリCH53Eのプロペラの根元にあるストロンチウム90の放射線を抑制するカバーだと分かった。このことは報道されたが、そのカバーは放射線を含み、周辺に放射するおそれはないか。園長として子どもたちの命を預かっているから、何とかしなければならないと思った。午後から園庭に出て遊ぶことは中止にした。昼寝の後は、子どもたちを園で大事に預からせてもらった。同時に、琉球大学の物理学者である矢ヶ崎(克馬)先生に連絡し、このCH53のストロンチウム90のカバーについて尋ねた。矢ヶ崎先生は、このカバーに放射線が付着し放出するおそれはほぼないだろう、と。私は「ほぼない」では納得ができず不安で、先生と相談しながら、知人を通して測定していただくことになった。丁寧に時間をかけて測定していただいた結果、全く通常の値であることが分かった。周りにいたメディアの方がたと相談し、このことに関しては報道してくれるな、と規制をかけた。風評被害のおそれがあると思ったからだ。測定の結果を受けて翌日の保育園の開園を決めた。

 米軍は翌8日に、落下物自体はCH53大型輸送ヘリの部品であることを認めた。しかし、飛行中の機体から落下した可能性は低い、と説明した。この言葉に私はびっくりした。あのドーンという、トタンが凹むほどの衝撃。大きく跳ね上がる物体を見たという証言がいくつもある。もわーっとする熱を帯びたエンジンの焦げた臭い。米軍は「カバーは全部揃っているからちゃんと回収している」と述べ、「だから落としたはずがない」と答えた。そのことに対して政府は「ああ、そうですか」というような感じですよ。

 この米軍発表があってから誹謗中傷の電話・メールが保育園と教会に来るようになった。これ(パワーポイントの画像)は教会に来た誹謗中傷メールのほんの一部だ。メールは見なければたいしたことない。でも電話はほんとに困る。朝忙しいときに電話が鳴り、受話器をとる。すると、どなるようにして誹謗中傷を言われる。「あなた方の園は基地がある前からあったのか」「あなた方が『ヘリは飛ぶな』と言ったら誰が日本を守るんだ」。そんなことをどなるように、ずーっとしゃべっている。そういうことが12月いっぱいまで続いた。私たちの対応としては(ナンバー)ディプレイの設置とか留守電にするとか。留守電にもいくつか入っていた。今年になっても無言電話が少し入る。これは一つの流行みたいなものか。そんなふうに考えてしまう。
 私たち当事者が米軍からと思われる被害を受け、そしてまたこの誹謗中傷という二重の被害を受けるということが起きている。米軍が事故だと認めないのであれば、これはもう“事件”だ。私たちは事件として扱ってくれと警察に訴えている。これは殺人未遂事件だ。米軍が認めないなら、警察はそういう態度をもってあたるべきだろう。

 事故の翌日、子どもたちはいつものようにほぼ全員元気に登園してくれた。園側に親御さんから「子どもたちを守ってくださってありがとうございました」という暖かい声もあった(と涙声で)。親御さんは子どもの無事を確認し、ほっとした後、「子どもたちにケガなかったからよかったさぁー」では済まされないね、とだんだんワジワジしてくる。怒りの思いが出てくる。
 翌日です。父母会役員が立ち上がって、私たちの声を上げよう、と。「どうしたらいいんですか、園長先生」という相談もあったが、お母さん方自らがお母さん方の手で、お父さん方もいたが、嘆願書の作成に動き出す。3日後、日曜日に緊急父母会を行い、全員一致で嘆願書の作成、署名活動が始まる。

 嘆願書の内容はこうだ。
−−私たちの上を飛ばないでください。緑ヶ丘保育園園児・保護者からのお願い(嘆願書)−−
 12月7日木曜日に米軍ヘリからと見られる部品落下の事故が起こった。今回は子どもたちにケガもなく全員無事だった。しかし、けが人がいなかったからよかったさぁで済まされることではない。一歩間違えれば命に関わりかねない重大事故だ。
 緑ヶ丘保育園は滑走路の延長線上にあり、子どもたちは飛行機のおなかが見えるよというように保育園の真上を米軍機が爆音・騒音とともに何度も飛び交う中で園生活を過ごしているのが現状だ。これは基地があるからあたり前なのでしょうか。子どもたちにとっていい環境なのでしょうか。
 今回の事故で保育園上空が日米で合意された米軍ヘリの飛行ルート外であることが分かった。どうして米軍ヘリが毎日上空を飛ぶことが許されるのでしょうか。子どもたちの命はつねに危険にさらされている。私たちは子どもたちを守るため、こういうことが二度と起こらないよう下記の事項を強く要望する。これらの事項を防衛省ならびに米軍に対し強く求めていただくよう要請を申し上げる。
 要望 @事故の原因究明および再発防止A原因究明までの飛行禁止B普天間基地に離発着する米軍ヘリの保育園上空の飛行禁止。
 子どもたちの命、未来を守ってください。

 そんなにむずかしいことは言っていない。要望の内容はごく常識的な、当然のことを記しているにすぎない。この要望に真摯に向き合っていれば、第二小学校の事故はなかったはずだ。

 12月13日、保育園の落下事故からまだ1週間もたっていない。普天間第二小学校は私の母校でもある。保育園から第二小までは1キロも離れておらず、保育園の父母の中には、下の子が当園に通い、上の子が第二小に通っている方が何人かいる。1週間のあいだにこんなあり得ない苦しみに遭うなんて本当につらくなる。

 2004年8月13日、沖縄国際大学に普天間基地所属の大型ヘリCH53が墜落・炎上した。この大惨事を踏まえて飛行ルートを新たに整備し、2007年より具体的な飛行ルートを公表している。その資料をもとにお話する。
 黄色い円を描くように飛ぶルート。これは300b上空からオートローテーション機能を使ってのエンジン停止時に降下し、安全に基地内に戻れる範囲を設定している。エンジン停止、300bからこれなら安全に下りるだろうという訓練だ。こういう訓練を普天間基地でやっている。みなさんのところでこういう訓練、しますか。
 青い点線が飛行ルートになっている。これを見ると、緑ヶ丘保育園、普天間第二小学校はそのルートから十分に外れていることになる。防衛局は飛行ルートをチェックするために各所にカメラを設置し、観測をしている。防衛局が2017年9月に公表したデータには、2016年4月から2017年3月までの毎月の観測データがある。2016年6月の飛行状況データを見ると、飛行ルートではない上空を飛んでいる。緑ヶ丘保育園の上空を塗りつぶすかのように飛行機が、ジェット機が、ヘリが、オスプレイが飛んでいることが分かる。1か月後の2016年7月の飛行状況データ、12月の飛行状況データ。何にも変わっていませんよ。これが現状です。米軍は彼らが言っているルールを全く守っていない。

 緑ヶ丘保育園の父母会はそういう学びをしつつ嘆願書を作成し、署名活動を行っている。米軍はルールを守らない。大人としての約束を守らない。日本政府は沖縄で起きている人間の命の尊厳の危機に向き合わない。だからといって私たちは泣き寝入りするわけにはいかない。子どもたちの命を守るために、また「好きで選んで入れていただいた緑ヶ丘保育園を守りたい」とおっしゃって立ち上がっている。はだしで駆け回ることができる園庭を守りたい。保育園で思いっきりこれからも遊ばせたい。そうおっしゃってお母さん方の闘いが始まった。
 署名活動をして10日が過ぎて第1期の締め切りの作業をした。2万6372筆の署名が集まった。お母さん方は街頭署名も始めた。週4〜5回、午前午後と分けて父母の方がたが交代しながら、仕事の合間、家庭の合間をみて署名活動をしている。全国から多くの署名が寄せられた。1月31日の署名数は10万456筆。署名は2月11日で終了し、署名活動62日間で12万6907筆になった。お寄せくださった全国のみなさまにこの場を借りてお礼を申し上げる。ありがとうございました。

 嘆願書を携えて各所を訪ねた。宜野湾市の佐喜真市長、市議会議長、県議会議長。沖縄防衛局は2度訪ねて2万6千あまりの署名を手渡している。外務省沖縄事務所、米国領事館。県庁では翁長知事に直接嘆願書と署名を手渡した。県庁は3度訪ねている。9日にも翁長知事に面会し、私たちの政府要請行動を後押ししてくださった。
 12月29日に宜野湾市市民大会を開催した。緑ヶ丘保育園も主催者側に加わり、6団体が中心になって盛り上げ、わずか1週間足らずの準備で600人あまりが集った。父母会を代表して知念有希子副会長があいさつ。「安心して安全なあたり前の空の下で子どもたちを遊ばせたいだけ。子どもたちに『大丈夫だよ。空からは雨しか降ってこないよ』と言えるように飛行禁止を求めていく」と語り、多くの参加者の共感を得、涙を誘った。

 保育園・普天間第二小学校の落下事故から次から次に不時着事故が相次いでいる。先週8日にもオスプレイが落下事故を起こした。これはもう異常事態だ。沖縄は無法地帯ともいえる。
 今回の米軍による落下物事故の数日後に、保育園に訪ねてきた方がいる。1959年6月30日に起きた宮森小学校ジェット機事故の犠牲者の遺族の方だ。その方が「大変でしたね」と声をかけてくださった。きっとこのような米軍による事件・事故が起こるたびに、あの58年前の悲しみ、苦しみがえぐられるように思い起こされるのであろう。その方のお話の中で、宮森小の事故後米軍が、亡くなった家族の前で賠償金の話をし、1家族に1000ドルを支払う、と言ったそうだ。すると1人の母親がこう答えた。「あなたの息子をここに連れてきなさい。あなたの息子を殺して私が賠償金1000ドル、あなたに払うさぁ」。そう叫んだそうだ。米兵は怒って銃を空に向かってドンと撃った。母親の悲しみはどれほどのものか。米軍の傲慢さはどれだけのものか。この状況は当時も今も何も変わっていない。

 母親の子に対する思いは何も変わっていないからこそ、これだけの行動を保育園のお母さん方はしている。米軍の傲慢さは何も変わっていない。これだけの事件・事故を起こし続けても、詫びることもなく、隠蔽さえしようとしない。落下物事故をいまだに認めない。沖縄がいまだ占領地であるかのように感じてならない。しかし、沖縄もまた日本国憲法のもとにあるはずだ。基本的人権、命の尊厳は保障されているはずだ。人間が人間らしく、安全に生活できる保障があるはずだ。
 東京の人たちが米軍基地の脅威にさらされていますか。なぜ沖縄だけが米軍基地からの脅威にさらされ続けなければならないのか。これは不平等だ。
 どうぞ沖縄の現状に向き合ってください。沖縄の基地問題は決して沖縄の問題ではないはずだ。日米安保は日本国民の8割以上が賛成だ。しかし、その日米安保の弊害はどこで起きているか。日米地位協定の弊害を東京に住んでいる人は感じていますか。沖縄の問題は日本の問題であり、あなたの、あなた方の問題です。どうか平和な空を返してください。雨以外に何も落ちてこない平和な空を保障してください。日本政府は日本国憲法にのっとって国民の命に向き合ってください。沖縄の人びとの命にも向き合ってください。
 ここに来られている方がたはきっとそのことをよく理解されていることだと存じ上げている。どうぞ東京でも声を上げていきましょう。声を上げ続けていきましょう。

−ここまで−

(編集部 浅井健治)
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2018年01月25日

南西諸島への自衛隊配備〜米軍戦略からみえる狙い:伊波洋一参院議員

以下は、1月18日参院議員会館で行われた「STOP!南西諸島の自衛隊配備院内集会&政府交渉」における伊波洋一参院議員の発言のあらましです。

この中に出てくる安倍のハドソン研究所スピーチや海上自衛隊幹部学校『海幹校戦略研究』については、次の週刊MDS記事もご参照ください。
【1384号主張/安倍が戦争法制に固執するワケ/軍事力のグローバルな先制発動】
http://www.mdsweb.jp/doc/1384/1384_01a.html
【ミリタリー 危険極まりない米軍の対中軍事戦略 日本はアジア軍事支配に「活用」】
http://www.mdsweb.jp/doc/1422/1422_02m.html

−ここから−

 南西諸島の自衛隊配備は、(会場に掲げられたプラカードを指しながら)与那国島・石垣島・宮古島・沖縄本島・奄美大島・馬毛島・佐世保と書いてあるが、1か所だけの問題ではない。全部関連してくる。佐世保の水陸機動団をキャンプ・ハンセンあるいはキャンプ・シュワブに移そうという話もある。今何が起こっているのか。
 辺野古では新基地が建設され、高江ではヘリパッドがつくられ、伊江島では訓練施設がどんどんつくられて訓練が強行されている。沖縄の米軍基地は強化されている。その中での自衛隊配備だ。
 ここに配備される部隊は有事即応部隊、すぐ戦争するための部隊だ。そこが戦場になりますよ、と想定している。去年の自衛隊法改正で正式に「南西シフト」になった。自衛隊の総力が南西諸島での戦争に備えるシフトに変わっていく。これは日本を守るものなのか。そうではない。日本を戦場にする、南西諸島だけではなく日本列島を戦場にするものだ。
 何のための戦略か。アメリカの対中国戦略だ。中国とアメリカが有事になったとき、その戦争を日本列島、南西諸島で引き受けてもらい、そこで火消しをする。そこで終わらせる。エア・シー・バトルの典型であるオフショア・コントロール戦略に基づいている。
 2010年頃まで、アメリカは中国をやっつけきれると思っていた。中国を奥深くまで攻撃し、戦争で勝つ。しかし、アフガニスタン戦争、イラク戦争の後、2008年のリーマンショックでアメリカの経済が停滞する一方、中国は2桁の成長をし、今や購買力平価で中国経済はアメリカを抜いた、2020年代にはドル・ベースでも抜くといわれている。1995年に中国の経済力は日本の10分の1だったが、今は4倍。2030年頃には10倍になる、6・7%の成長が持続するだろうといわれている。もはやアメリカは中国と戦争しない。しかし、何らかの有事が起こった場合、どこで火消しをするかと練られているのが、オフショア・コントロール戦略だ。
 2012年末に安倍政権が誕生した。安倍首相は2013年9月、アメリカに行き、本当はオバマ大統領と集団的自衛権の話をしたかったが、オバマ政権から「そういうことは言うな」と制止されて、ハドソン研究所で「集団的自衛権についての憲法解釈を見直す」という講演をした(今も首相官邸のホームページに載っている)。「日本がアメリカの安全保障の弱い環であってはならない。強い環になる」と。これは南西諸島の軍事強化の表明だ。「右翼の軍国主義者と呼びたければ呼んでいただきたい」とまで言っている。翌年、集団的自衛権の行使容認を表明し、2015年には実際それを法制化した。
 ハドソン研究所でメッセージを出した後、早速、沖大東島で離島奪還訓練が行われた。宮古島と那覇に地対艦ミサイルを配備し、訓練した。これは2011年から、そのときは奄美大島で、行なっている。そして、石垣島・宮古島・奄美大島への自衛隊配備が発表され、とても速いテンポで進んでいる。
 何のための部隊配備か。南西諸島を太平洋へと通過しようとする中国艦船を攻撃し、出させないためだ。米中が戦争状態にある有事を想定し、集団的自衛権の行使として行う。だから集団的自衛権が必要になる。訓練はアメリカで、沖縄で、毎年繰り返し行われている。本土各地の自衛隊基地からも、沖縄で戦争することを前提としたさまざまな取り組みが行われている。強襲揚陸艦も購入する。米海兵隊のような役割を持つ。すでにオスプレイは17機購入する。水陸両用車52両も購入する。
 どうして自衛隊がそれをやるのか。日米安保はアメリカが日本を守る安保ではない。“日本の領土は日本が守りなさい”なのだ。そういう名目の下で、尖閣問題が起こり、中国の脅威から日本を守るために配備すると一般的にはいわれている。
 4年前の石垣市長選の直後に公表されたビデオがある。全国から南西諸島に部隊をどのように展開するか、いかに自衛隊の中に海兵隊をつくっていくか、が報じられている。在日米軍(海兵隊)と自衛隊との共同指揮所演習では、まさに宮古島を舞台として“どう戦うか”の戦争の訓練をした。そこまで行っている。
 なぜ自衛隊を配備するか聞くと、彼らは空白地帯だからと説明する。南西諸島は沖縄本島には自衛隊基地があるが他はないから、奄美大島にも宮古島にも石垣島にも基地を置くことが安全保障になるから、と。しかし、そうではないだろう。
 島を守るには非武装・無防備にするのが一番いい。国際法上、非武装・無防備地帯は基本的に攻撃しない。ただし、占領に対しては開かれてはいる。だが、戦争はしない。それを無視し、そこで戦争をする前提で今回配備している。政府は防衛の空白を埋めるための配備と言うが、実際は敵国からの目標をつくることになる。島は縦深性もなく、攻撃されても守れない。四方八方から攻撃される。今の自衛隊の訓練は島を守る訓練ではない。島が攻撃され占領されて奪還する訓練、離島奪還訓練しかしていない。島に基地をつくり、そこが占領されることを前提に、そこで戦争が起こっていることを前提に、それを奪還する訓練をしている。
 2005年の日米同盟再編合意で「日本は弾道ミサイル防衛やゲリラ・特殊部隊による攻撃、島しょ部への侵略など新たな脅威や多様な事態への対処を含めて自ら防衛し、周辺事態に対応する」とした。日米同盟は自分たちの島は自分たちで守るんだ、と。日米安保はアメリカが日本を守る役割をするのではない、という合意を結んだ。水陸機動団はアメリカにはいくつもあるが、海兵隊はそれをしない。
 2011年に創刊された海上自衛隊幹部学校『海幹校戦略研究』にいくつも論文が出ている。とりわけ「アメリカ流非対称戦争」(2012年5月)はまさに宮古島・石垣島のことを言っている。宮古島と沖縄本島の間の公海は400キロぐらいあり、ここを阻止することがいかに重要か、と書かれている。その意味は台湾防衛。「台湾の脆弱な東海岸に中国軍艦を行かせない」ための取り組みだ。アメリカが守ろうとしているのは台湾であって、尖閣ではなく日本ですらない。これが今アメリカが進めようとしている戦争だ。
 大きな目的は、米中戦争を琉球列島での戦闘で「米国政府の適度な目標達成に有効とする」こと。米中全面戦争や核戦争にエスカレートさせない制限戦争を行うためだ。「核の閾値(いきち=しきい値)以下にとどめることが肝要」で、米中はそれぞれ相手を攻撃しないという流れになっている。「外見はささいな日本固有の島しょ(宮古島や石垣島のような)をめぐる争いが、通峡阻止の戦いでは紛争の前哨戦として一気に重要になる」(尖閣をアメリカは日本固有の領土と認めていない)。こういう戦略が作られ、そのことに一生懸命日本が行動する。最終的に島におけるゲリラ戦になる。
 参院外交防衛委員会で質疑した。配備される部隊は一つの場所にい続けるのではなく、1回ミサイルを撃ったらすぐ探知されるのですぐ動く。市街地から離れた集落周辺から発射されることもある。隠れる場所(掩体=えんたい)もつくらなくてはいけない。それをつくる部隊は、配備はしないが、九州から来る。日頃から演習が行われる。
 住民保護は誰がするのか。「市役所のやる仕事です」と。驚いたことに、防衛省の職員に聞くと、住民保護計画は予算が1円もない。何のシェルターもつくっていない。保護のパターンを作れと言っているにすぎない。
 中国と戦争する必要はない。今年は日中平和友好条約40周年。戦争の準備よりも平和を深める方がいいというのが私の結論だ。尖閣の問題を早く収めて、アメリカのための戦争をする場を日本が提供するよりは、「私たちは戦争はノーだ」と言い、基地をなくす流れにしていくべきだ。

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(編集部 浅井健治)
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